こんにちは。五十嵐将雄(がらし)です。

 

先週に書いた内容の延長ですが、

「才能」という分野について。

 

前回もシェアさせていただきましたが、

今、プロレスの持つ、ビジネスや組織論についての可能性を他人に伝えてくというのを関わってるコミュニティの中でやっているのですが。

そのために文献や資料や歴史を調べたり、
まだ知識や知恵のない人にもわかりやすく伝えたり、
そのために資料作ったり、

そういったことが「苦」にならないんですよね!
好きなジャンルだから

 

 

 

それと、資料作成に関しても、会社員時代に
提案資料やプレゼン資料を腐るほど作ってきたので、簡易的なものであればこちらも「苦」にならない。
PowerPoint派だったので、Keynoteに慣れるのは苦ですが、、、
(外向的キャラに見られるせいか、PCスキルあるのは意外と言われます。意外って、、笑)

でも、これって
知識を知らない人や、スキルが全くない人
からすると、ある程度できるだけでも
すごいですね!ってなる。

自分が言われると謙遜しちゃうけど、
他人には、いやいやそれめっちゃすごいよ!
って言うことはとてもある。(自己承認苦手な日本人気質)

早速、これ見せた人の中から

「プレゼン資料作るのお願いしちゃおうかな笑」

って新たな仕事になる可能性のある話を振ってもらえた

 

 

才能の見つけ方ってこういうプロセスなんだなと思った。

 

普通の人ができないから、才能。

大勢の人ができないから、才能。

特別なことだから、才能。

自分にしかできないことだから、才能。

 

「才能」って聞くと、なんか「すごいこと」って勝手に思ってしまう。

 

でも、プロフェッショナルやアスリートたちのインタビュー聞くと、

みんな口を揃えて「自分はすごくない」って言う人多くないですか?

もちろん例外もあるとは思いますが。

 

一つの分野に集中できたこと、続けられること、継続できたこと、

それを他の人がやらないくらい積み重ねていくから、他の人が手にできない結果を手にして、世間にわかりやすい形で「才能」っていうワードで伝えられていることが多いように思う。

 

大事なのは、他の人が続けられないことや集中しきれないことを、本人たちは

「苦労と思わず」

やれていることにあると思う。

 

自分が努力感を感じないでやれること。

でも、自然とできちゃうこと。自然とやりたくなっちゃうこと。

それが、自分の特技であり、能力。

 

そこに、「他人が求めてること」っていうのが重なってくると、

「才能」になるんじゃないかなーと思っている!

 

「才能」の分野は深い。

多くの人が、「私には才能がない」と言って、

他の人を羨んだり、自分を卑下したりするけど、絶対に確実なのは、

 

「誰にでも才能はある」

 

ということ。

 

 

才能がないと思う人は
「自分ではすごいと思ってないのに、他人からよく褒められることってなんだろう?」

って問いかけてみてはいかがでしょうか?(^^)

 

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