1年目の時にクビ寸前になった私は、

人事部や営業本部長など、様々な人たちの助力のおかげで、

地元である東京支店に異動させてもらうことになりました。

人事部の人はすごく優しい方だったのですが、

自分へハッパをかける形で、

「もうお前はここで通用しなかったら、誰も助けてはくれないぞ。死ぬ気でやれよ」

という言葉を残していきました。

静岡という、地方支店にいた自分としては

常にNO.1の営業成績を誇る「東京支店」はどんな戦闘集団なんだろう、、

と、敵地に送られたような気持ちで、緊張した面持ちでした。

でも、そこにいた人たちは、基準は非常に高いものの、

戦闘集団というよりも、ファミリーのような形で、一丸となってTOPの座を守る組織でした。

なので、結果を出すことが最優先で、余計なしがらみや慣習といったものは特になく、

自由と責任感が心地よく同居する仕事場でした。

自分は、1年目の時に、「お前は何をしてもマイナスのことしか起こさないから、何もするな」

というような扱いを受けていました。

実際、

他の営業マンが会議に出ているのに、会議に出れませんでした。

他の営業マンが営業に出ているのに、営業に出れませんでした。

ですが、東京支店では、それまでの自分の評判に対して、変なレッテルを貼らずに、

フラットに接してくれて、チャンスをたくさん与えてくれました。

自分は、「仕事がしたいのにできない!」という状態で、ほぼ1年間過ごしてきていたので、

「仕事を任される」というだけで、とても幸せでした。

本来ならば、「この仕事はやりたくないなー」とか「これは夜遅い仕事だから面倒だなー」と

先輩社員が言ってることも、全部「やります!」「やりたいです!」というようなスタンスで、

美味しいものを食べるかのごとく、得られるタスクやミッションを次から次へともらっていきました。

「仕事があるのが当たり前じゃない」

「仕事を振ってもらえるのはありがたい」

「人から頼られるのは幸せなことだ」

本来、普通に仕事をしていれば、感じないようなことも、

自分は色々な制限の中で過ごしていたおかげで、

「幸せのハードル」がとてつもなく低いところにあったので、

「なんでも嬉しい!」「なんでも楽しい!」

というようなマインドで、人や会社への貢献と自分の幸せがイコールになる

最強の状態になっていました

もし、いま幸せを感じられないということがあれば、

今与えられてる環境が「当たり前」になりすぎている可能性があるかもしれません。

「当たり前」が「有り難い」ことだと認識できるようになると、

寝ることも、食べることも、仕事があることも、一緒に仕事ができる人がいることも、

全てが感謝の対象になり得ます。

ぜひ、「ないもの」に目が向きがちになってしまった際は

「あるもの」に再度フォーカスしてみてもらえたらと思います(^^)

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